シリーズ:あえて〇〇しない
今回は「納豆」。あえて納豆をまぜないで食べてみました。
納豆をまぜないで食べてみた
納豆、何はなくとも出されたら条件反射的にまぜてしまいます。
そのくらい、納豆といえば「まぜる」という認識は定着しています。
北大路魯山人は納豆を424回まぜたなんて伝説(?)もあるほどです。
でも僕はふと思ったわけです、納豆をまぜずに食べたらどんな味がするんだろうと。
1パックの納豆をまぜずに4分割して食す
まぜずに食べてみました。
パックの納豆の蓋を開け、タレと辛子と亜麻仁油をかけ、一切まぜずに、4分割して4分の1ずつそのまま口に運ぶ。
ハンバーグを4分割して食べるように、納豆を食べる。
美味しかったです。好みの問題もありますが、まぜないほうが美味しいと僕は思います。
まぜてネバネバさせたほうが健康に良いとかあるかも知れませんが、味という観点でいうならば、間違いなく美味しい。
そして僕はこの日から「納豆まぜない派」になったのでした。納豆記念日!
【参考記事】
ひきわり納豆をまぜないで食べてみた
ひきわり納豆も同様にまぜずに食べてみました。
やっぱり、美味しい。
まぜない普通の納豆のときにも感じましたが、たんぱく(納豆にしては)です。
そして、まぜないひきわり納豆の方がさらにたんぱく、あっさり(納豆にしては)。
「(納豆にしては)」なんてカッコ書きしていることからもあきらかなように、僕らはどれだけ「まぜる納豆」を当たり前のものと思っていることか!
カッコ書きの「(納豆にしては)」とはつまり、まぜた納豆が標準だった時代の言い方であって、まぜない納豆が提言された今、納豆は「ちょっと糸引くけど、わりとサッパリした健康食品」になるのではないか。もしかしたら、小洒落たカフェ飯の仲間に入れてもらえる日も近いのではないか。そう感じずにはいられません。楽しみです!
なぜあえて〇〇しなければならないのか?
あえて〇〇しない。
それは、常識を疑ってみること。
常識を疑う練習としての「あえて〇〇しない」
常にその視点は持っていたくて、「あえて〇〇しない」を探しています。
チャオ!
【編集後記 〜税理士・前川秀和のつぶやき〜 】
昨日から夏休みに入りました。仕事を少し。
家族で午前11時からカラオケ、キッズルームに通してもらえてラッキーでした。夕方は近所の公園へ。
【1日1新】
家族でカラオケ
【長男と次男 〜9歳児と3歳児のマイブームなど〜 】
長男、カラオケで歌うことを覚えました。昔は聞く専門でずっと僕が歌わされていたのに。
次男もマイクを握り、歌えるところを歌っていました。
税理士、東京。自由、DIY、シンプル。音楽と地下鉄。
独立・起業・スモールビジネス、ベッドルームから始めよう。
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